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作品について |
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作品コンセプト 人が他者とのコミュニケーションを持とうとする時 どの様な要素を通じて 互いの理解を深めていくでしょうか? 何も要素のない所からはコミュニケーションは生まれません。 互いの出会いに始まり共有できる様々な要素、実体験や知識、 嗜好などの接点から相互の理解と関係が生まれ 成立していくものと私は考えます。 それでは人が共有できる一番大きな枠を持つ要素とは いったいなんでしょうか? 私は様々な要素の中で<時間>という要素に着目しました。 その理由は 国や風土、人種、宗教、イデオロギーに 左右される事のない ニュートラルな要素であり、なおかつ生まれてから死にに至るまで だれでも好き嫌いに関わらず必ず関わりを持たなければならない要素であるからです。 この<時間>と言う要素を介して個々人が無意識に持っている共通の体感、 感覚を探し出し 作品へと成立させる事で新たなコミュニケーションと 相互理解を発生させる事を試みています。 |
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作品の形態について 私の作品はとても作りが荒く完成度が低く見られると思います。 けれどもそれは逆に私の作品を支えてくれている重要な要素なのです。 何故なら私の作品は来訪者の方々に関わってもらう事ではじめて成立するものだからです。 芸術に関わる方や、興味を持って積極的に関わって下さる方は 作品との関わりに慣れていると思いますが、そうでない方は相当な勇気を持たないと 能動的に作品との関わりを持つことは困難であると思われます。 それではどうすれば普段芸術にあまり関わりを持たない方々に 作品との関わりをもってもらえるのだろうかと考え 制作・展示を重ねた結果<抵抗なく触れ易い素材・形><作品への導入>が 重要なのではないかと考えるようになりました。 素材に関しては どの町でも手に入る物、参加者が生活の中で見たり 触ったりした事のあるものを使用する事で 作品に対する特別な警戒心をもたれないようにしています。 形に関してもなるべくシンプルな形になるように作っています。 なぜなら「触るとこわれそう」と感じさせると作品と参加者の間に距離が出来てしまうからです。 作品への導入も作品を成立させるために欠かすことが出来ません。 作品へ興味を引き付けると同時に関わり方を分かり易く絵や文字・漫画を使い導きます。 また展示の際のプランについても動きを伴う作品だけに時間軸を平面上で表現できる 漫画形式でのエスキーすは重要な物となります。 作品に関わっていただいた方々が美術作品と言う事に縛られることなく 楽しんでもらう事がまず最も重要で作品の <物体>としてのクオリティーはさほど重要ではありません。 私の作品が芸術として成立するかは 大人の方であれば 過去に経験した体験や感覚、それに伴う思い出を 個々人の中の <記憶の引き出し>から引き出させる事が出来るか、 子供たちであれば 将来似にた現象と出合ったときに 私の作品を思い出してくれるように <記憶の引き出し>の中に そっとしのばせる事が出来るかにかかっていると思っています。 |
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作品展示とワークショップの展望 今創られる美術や芸術は一部の大きなプロジェクト以外 日本では東京や大阪などの都市部でしか なかなかふれる機会にめぐまれないと言う事を感じていまいます。 情報としては出版物や、インターネットをはじめとするテクノロジーの発達により 地方でも展示の内容などは知る機会が増えました。 しかし出版物の中やインターネットの中の美術は知識としての美術であり 実在感のないバーシャルな体験で終わリます。 展示や作品を通した楽しい実体験がない限り普段美術と疎遠な方は 美術館やギャラリーを自ら訪れる事はないでしょう。 それは都市部でも当てはまる事でコアな美術愛好家以外の人の足を 展示からと遠ざけているのではないでしょうか。 私は実体験の出来る楽しい展示をいつも模索しています。 大げさな予算を必要とせず どのような環境でも出来るだけ成立させていきたいと思っています。 例えば美術館やギャラリーでなくても幼稚園や小学校、公民館、公園などでも可能です。 野外の場所しかない場合は<ドロップボール>のような作品を設置出来ますし、 予算が取れない場合には、簡単な支持を添付した<フラターペーパー>を 郵送する事で可能になります。 展示の期間も1日の展示でも対応していけます。 作品そのものにワークショップの要素が含まれると思いますが さらにもう一歩踏み込んだワークショップも開催が可能です。 私は 作品展示やワークショップを出来るだけ多くの町で開催できたらと考えています。 その展示を通して関わり体験した方々が美術を身近に感じ 美術の世界に感心を持ってもらうきっかけになる事ができればとてもうれしいです。 |
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